大修理前 大久保地車懐かし画像

昭和四十八年 宮入前の奥野衣料店前  やりまわしも無く、ゆっくりと角を廻って行きます。
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昭和四十八年 宮入後の大宮区八幡池横 非常に珍しい光景です。
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昭和五十一年 宮入後の小垣内区、旧電電公社前(現NTT)前だと思われます。
大北町 Fさん提供

昭和五十一年 上の画像と同時撮影されたものです。この当時は祭礼は九月二十七日・二十八日の日程固定でした。宮入は現在と同じく初日に行われていました。
大北町 Fさん提供

昭和五十二年 場所はおそらく現在の駅前旧通り 青年団対抗のスポーツ大会の優勝旗などが正面に誇らしげに飾りつけられています、古き良き時代ですね。
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昭和五十二年 大久保交差だと思います。 右の枡合部分に現在は無い下がりが確認できます。
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昭和五十二年 宮入風景です。 大森神社境内能舞台を廻っていることが分かります。
昔の宮入はこの様でした、懐かしいです。
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昭和五十七年 中学校下がり 後に中学校の校舎が見えますね。 隅出すが張り出してるのが良く分かる画像です。
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昭和五十七年 五門区内中学校下がり  現在使用されている大久保の法被が確認できますね。 
それ以上に注目は鳴物のメンバー。。。
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昭和五十七年 五門区内中学校下がり   だんじりの形状が興味深いですが、なんと鳴物の笛二人並んでます。

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昭和五十七年 上の画像と同じ場所だと思います。 大久保地車の後屋根下の特徴的な部分を捉えた貴重な画像です。見送り虹梁が二段、見送り下も二段、後屋根の組み物の段数が少ないです。
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昭和五十七年 同じく五門区内朝和口交差点手前 この時代は昼間でも後に提灯付けていました。
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